ある塗物屋の物語



大正時代につくられたと思われる漆塗の金看板
(津軽塗資料館収蔵)



津軽塗は元禄年間(1688〜1704)、津軽藩お抱えの塗師、池田源兵衛、源太郎親子の創始とされます。従来の漆塗の技法の中から地域性にあった技術を生し、道具を工夫し、材料、器物の形態までも創出しました。



田中屋創立者・4代目
田中三郎
(1878〜1963)


弘前城にほど近い一番町角、黒く塗られた骨太の柱に白壁の、独特の風格を持つ田中屋は明治30年(1897年)岩木川にほど近い誓願寺前で津軽塗の塗師となった田中三郎に始まる。



弘前特産 津軽塗の掛け紙
明治7年(1874)山田浩蔵が漆器授産合資会社を設立した。結社したときは53人が加わったといわれる。
この漆器授産合資会社が後に田中三郎に引き継がれ田中屋となる。
(津軽塗資料館収蔵)


 


明治14年発行の弘前漆器授産合資会社(田中屋の前身)の栞。住所が陸奥の国から始まっている。左側に英文の解説もある。

東奥日報夕刊(2000年5月19日)で紹介された。
「120年後の現在も同じ場所にある津軽塗製造販売の田中屋へと移り変わる。社告は同社店舗の二階に、さりげなく掲げれれているー。」
(津軽塗資料館収蔵)






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